<同人詩誌PAM第2号アーカイブ完了>

m_PAM_No2.jpg

同人詩誌PAM第2号をアーカイブした。

 大分時間が経ってしまったが、過去に発行していた同人詩誌PAM第2号をアーカイブした。→ ”ぶらいおん”の来た道~往く路( http://www.burairoad.ejoh.org/ 「同人詩誌PAMアーカイブ」)

 スキャナーの能力に起因するのか?何度か1冊に纏めようとトライしてみたが、上手く行かないので、前半部と後半部に二分した。

 容量的にはカラー表紙の創刊号の方が大きいのであるが、ページ数で観れば第2号の方が40ページと上回っている。これからも号を追うに従ってページ数は増えているはずなので、今後も分割アーカイブせねばならないかも知れない。

 読んで下さる方々には多少ご面倒かも知れないが、内容は変わらないのでご容赦下さい。

 さて、PAM第2号について触れれば、2002年の発行だから既に18年を経過している。振り返ってみれば、自分の年齢も当時70歳直前であった。

それにしては詩も評論も、やや突っ張っている節も無いではなく、些か面映ゆい限りであるが、それなりのエネルギーと情熱を持って生きて居たのだな!と自分なりに納得出来る面もある。

 エッセイは兎も角、ノンフィクション「銃後の少国民たち」は書いて置いてよかったと自賛している。なんと言っても戦争を体験した自分書いたことだから、関係資料の一端とは成り得るだろう。

作家三島由紀夫は、丁度今から50年前の今日1970年11月25日割腹自裁した。

 ところで、今から50年前の今日、市谷自衛隊駐屯地(三島由紀夫の墨書垂れ幕中の表現)で、事の成らなかった作家三島由紀夫は割腹自裁した。
 50年後のテレビでも、色々と特集番組が組まれているようだが、率直に言って私には彼の考え方、行動の仕方には分かる部分となかなか同調しがたい部分とが共存している。

fu_n_p2.jpg

 いずれにしても、折に触れて過去を振り返って考えてみることは人間にとって大切で、また必要なことであろう。

この記事へのコメント